チャニン・トナヴァニック氏


チャニン・トナヴァニック氏はバンコクに生まれ。イギリスのエセックスで高校を卒業後、アメリカのボストン大学で芸術と経営学の修士課程を修了しました。

1979年帰国後、チャニン氏はバンコクの名門チュラロンコン大学で商学・会計学の講師として学問の道を志しつつ、家業であるホテルビジネスにも関わっていました。

80年代、世界規模の経済不況がタイを襲い、特に観光産業、ホテル界は大打撃を受けました。この危機を脱するため、チャニン氏がデュシットの舵取りを一任されることになりました。最初のうちこそ学問の道に未練を残していたチャニン氏でしたが、責任感に駆られ、ホテル経営という新しいキャリアに一歩を踏み出しました。チャニン氏は、バンコクに次々と建設されるインターナショナルホテルとの競争に打ち勝つため、グループのフラッグシップホテルであるデュシタニ・バンコクを一新させます。客室を700室から530室のデラックスルームとスイートルームへ改築しました。さらに、2004年中期には、新しい時代のニーズを捉え、ビジネス旅にもレジャー旅にも快適な設計にしつらえた、デュシットクラブルームとデュシットグランドルームを完成させました。

 

また、チャニン氏はバンコクだけだった拠点を、その他の都市に拡大させます。1985年、チェンマイのホテルに続いて、パタヤとプーケットにリゾートをオープンさせました。またタイ北部地方で二つ目となるホテルをチェンライに、ホアヒンにもリゾートをオープンしました。1992年には、初の海外拠点-テキサス ダラスのザ・メルローズ-を獲得しました。さらにクラビ島とジョムティエンに2つのリゾートを開発し、インドネシアのジャカルタ、バリクパパン、フィリピンのマニラなど、次々と拡大していきました。

デュシットは、タイの地元企業から国際的ホテルチェーンへと飛躍しました。しかし、チャニン氏は真のグローバル企業を目指すには、ヨーロッパへの拡張が必須であると考え、ドイツの名門ホテルグループ、ケンピンスキーホテルズ&リゾーツを買収します。2つのブランドの潜在的相乗効果は計り知れないものがあり、チャニン氏は、斬新なマーケティング手腕を発揮し、流通を広げ提携先をさらに増やし続けました。3年間のケンピンスキーとデュシットグループの提携により、タイの一地元企業では出来なかった、革新的で利益効率の高いグローバルグループの一員へと成長を遂げました。そして数々の国際的賞や賞賛を受けることとなったのです。

1998年タイを襲った経済危機により、チャニン氏と経営陣はやむなくケンピンスキーホテルズ&リゾーツの株式をサイアムシンドーン社に売却しました。株式の売却を経て、チャニン氏は他への拡張の機会を探り、デュシットの更なるグローバル進出を狙います。

 2000年には、アジアの主要ホテルブランド4つが発起人となったアジアンホテルアソシエーション (AHA) を立ち上げました。(現在、グローバルホテルアライアンスと合併) 現在チャニン氏は、デュシットインターナショナルのマネージングダイレクター兼最高経営責任者(CEO)、およびタイホテル協会会長を務めています。