タンプイン・チャニット・ピヤウイ女史
アメリカへ短期留学した際、アメリカ旅行中に滞在したホテルのスタッフがいつもにこやかで気さくなことに深く感銘を受け、忘れられない思い出となりました。母国のタイに戻り、ホテル建設を決意した彼女は、両親からの資金援助を受けて、1949年に最初のホテルとなるプリンセスホテルをオープンさせました。それはバンコクで最初にスイミングプールを備えた当時では最先端のものでした。 タンプイン・チャニットは、プリセンスホテルと事業提携をしていたパンアメリカン航空の世界の主要ホテルツアー80日間に参加する機会を得ます。そこで彼女は、初めて世界の5つ星ホテルを訪れ、世界の一流ホテルで働くスタッフの能力の高さと礼儀正しさを目の当たりにしました。その中でも特に、日本の文化やもてなしの心得が反映されていたホテルオークラに、大変心を動かされます。これこそがタイの国に必要なものだとひらめき、インターナショナル・スタンダードの中にも、タイ独自の文化を反映した、今までタイにはなかったタイならではのホテルづくりのきっかけとなりました。 画期的なホテル建設プロジェクトを実行すべく資金調達に翻弄し、タンプーイン・チャニットは、遂に1970年デュシタニ・バンコクをオープンさせます。デュシタニとは、「天国の街」を意味し、それは彼女の夢を実現したホテルでした。 1990年代は、ホテルブランドを拡大させます。デュシットに続き、ロイヤルプリンセスというブランドでホテルをタイ全土に展開してゆきます。こうして、タイのホスピタリティー産業で手腕を発揮し、リーダー的存在として国内市場の成長に大きく貢献しました。 その功績がタイの王室にまで認められ、2000年5月5日の第53回戴冠式にて、最上位称号であるタンプーインの称号を授かりました。
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